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窓から車の変化のない景色の替わりに、桟橋でいつまでもテープを振っていた母や友達の姿が目に浮かんで急に寂しくなった。いつのまにかウトウトしていると「枕をどうぞ」と出されたが、「5ドルですよ」と言われてやめた。列車がシカゴに到着する寸前、母がせっかく準備してくれたピーナッツ2升ばかり入った袋が突然棚から落ち、口が開いて床一面に広がって赤面した。
学校はシカゴの中央駅から北に車で約30分位の所にあり静かな白人の街でした。神学校と約千人ほどの学生のいる小さな大学からなっていました。学校に着いたのは8月15日で始まるのに2週間もあり、その間残っている50ドルでやりくりをしなければならなかった。ランチが学校の近所の食堂で1ドル50セントもしたので、コーラや菓子パンなどで腹ごしらえをした。神学生は皆で60名くらい、その殆どが28〜30歳位のハンサムな独身者。私を除き、将来牧師となる品行方正な学生ばかり。日本人は私を入れて4人でした。学校が始まるとすぐに寮の管理人や図書館の受付などのアルバイトをして、1時間1ドル15セントを生活費の足しにしていました。
私がそこで驚いたことは男女間の交際があまりに保守的であって、男の学生はやたらにデートをしたがらない。その理由はデートをし始めるとすぐに、他の女の子たちが二人を幸せにしたいがために、皆身を引いてしまう。本当は男子学生は何人もの人とデートをして、その中から好きな人を選びたいのだから、1人の女の子とデートをするのにもとても慎重になってしまう。それを知ってとても驚いた。
また、こんな出来事もあった。日本で知り合った東大出の黒人の先生が、私が不在の時に寮に訪ねてきたことがあった。私がいないのが分かると、彼はすぐに帰ったがその後、寮生の持ち物が紛失していることがわかり問題になった。そこで疑われたのが彼だった。当時、白人社会の中で人種差別は当たり前のように存在しており、何の疑わしい点もない彼が黒人と言うだけで一番に犯人扱いされたのだ。それからしばらくして、彼が盗んでいない事が証明され、私は喜んだが、結局なくなったものは出てこなかった。
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